葬儀についての基礎知識

葬儀マナーは正直めんどうくさい?それでも守るべき理由とは?新しい葬儀の形もご紹介

クリス
クリス
  • 驚いたよ。日本の葬儀のしきたりやマナーって面倒だね。やはり守らないといけないの?
  • マナーを守る意味って何だろう?
  • しきたりやマナーにとらわれない葬儀ってある?

訃報は突然聞かされることが多いですね。そんな時、ふと思ったことはありませんか?もちろん、故人に対してのお悔やみの気持ちはありますよね。でもマナーがどうとか、しきたりとか、ちょっと「めんどうくさいなー」と。

その感情はどこからくるのでしょう?

  • 分からないから、確認するのがめんどうくさい。
  • 「きちんとやらなきゃ」と思うため不安になってくる。
  • 口うるさい人から「こうしなさい」「それ、マナー違反」なんて言われるかも。

こんなネガティブな考えが頭に浮かんだことありませんか。

では、自己流でいいのかなぁ?

ということになると、それは違います。日本の冠婚葬祭のマナーは、やはりきちんと守るべきだと思います。

神様
神様

今回は、葬儀のマナーの意味を考えてみよう。

以前は考えも及ばなかった葬儀の形もあるのじゃな。

本記事の内容
  • めんどうくさい葬儀のマナーをまもるべき理由。
  • 大きく変わっていく日本の葬儀の形。
  • しきたりやマナーにとらわれない新しい形の葬儀。
  • 自分の葬儀を自分で演出するという選択肢。

この記事を読むことで葬儀のマナーの大切さを再認識しましょう。

また、葬儀が時代と共にどのように変化してきたかも説明しています。

今どきの葬儀の形も理解できます。

では早速お伝えしていきます。

葬儀のマナーについて考えてみよう。

「マナーを守ろう」。何かの標語みたいですね。葬儀に限らず、よく見聞きする言葉です。ここで「マナー」の意味をちょっと考えてみましょう。

マナーとは?

言い換えると「礼儀作法」と言うことになります。互いに気持ちよく暮らしていくためにマナーが存在するのです。マナーとは、つきつめると「他人への思いやり」ということになります。

葬儀の場においてもそれは同じ。

遺族や他の参列者が互いに不快な思いをすることなく、故人を見送るために気を付けるべきことと言えますね。

葬儀のしきたりや慣例を守ることもマナーの一つです。

そして、周囲の人に対する気遣いもマナーの一つです。

マナーを守るということは・・・具体的に見てみよう。

遺族・参列者に対するマナー

ときどき見かけるマナー違反のお話をします。

葬儀の場には故人とゆかりのあった人が集います。偶然、懐かしい人に出会うこともありますよね。式場の中で、懐かしさのあまり、ついついひそひそ話をしている人を見かけることがあります。

本人たちは軽い気持ちなのでしょうが、これはマナー違反なのです。葬儀の場は「故人を見送るための場」です。私語は慎むべきです。悲しみに暮れている遺族や他の参列者に不快な思いをさせてしまうかもしれません。「相手を思い遣る気持ちの欠如」は重大なマナー違反です。

「挨拶をする場合にも忌み言葉を使わない」、「葬儀の時間は厳守する」、「携帯電話は電源を切っておく」等々、たくさん気を付けることはあります。

しきたりを守ることがマナー

例えば「香典」。これに関してもいくつかマナーがあります。

香典に新札は使わない・・・新札を使用すると「亡くなるのがわかっていて、きれいなお札を準備していたの?」と思わせてしまうかもしれないから。

そう言われると「納得!!」と思えますよね。

その他にもお札を入れる向きであったり、お札の枚数であったり。その一つ一つに理由があるのです。

例えば、葬儀会場での席

葬儀に出席するために斎場に出向きました。しかし、少し早めの時間に着いたので式場の中にはまだ人はまばら。どこへ座りますか?

案内係の人がいるなら聞けばよいのですが、いない場合。基本的に右側が遺族席、左側が一般の人達用です。とりあえず末席に座り「詰めてください」と案内されたら詰めて座ればよいのです。因みに前から世話役や親しい人の順に座っていきます。

葬儀(儀式)の中で作法を守るのがマナー

一番「めんどうくさい」と思うのが葬儀の「慣例やしきたり」に従うということではないでしょうか。「お焼香」一つとっても多くのしきたりが存在しています。

現在日本で行われている葬儀の約9割が仏式の葬儀と言われています。

日本の仏教は13宗・56派と言われているように実にたくさんの宗派があり、それぞれにお経や作法が異なっています。

お焼香の場合を例にとると、お香のとらえ方が異なり、焼香の回数や指でつまんだ抹香を額まで上げるかどうかなど、実に細かい決まりがあるのです。

それは「お香」や「所作」のとらえ方がに宗派ごとに異なるからです。

葬儀は儀式です。作法を守ることはとても大切なことなのです。

お焼香のマナーについては次の記事で詳しく説明しています。

お焼香のやり方や回数はどうすればいい?宗派ごとの違いを解説!

マナーを守らないとどうなる?

マナーを守らないということは・・・。

これは本人はあまり自覚がなくても、他の人がどう見るかということが問題です。

一般的な場合を考えてみましょう。

マナーを守らないということは・・・。

  • マナーを知らない、理解できていないと判断される。
  • 他の大切なこともわかっていないのかもしれないと思われる。
  • マナーや礼儀を守れない人は、仕事関係もうまくいかないのではないかと見られる。
  • 信頼に値しない人と判断される。

このようにマイナスなイメージを持たれてしまいがちです。常識のない人と判断されます。

葬儀の場でも、マナーにそぐわない言動は「形式に合わせてもらえないんだ」「あわせようという気持ちがないんだ」と判断され、その後の人間関係に悪影響を及ぼすこともあるでしょう。

日本の葬儀について考えてみよう。

普段の生活の中では特に宗教を意識して生活している人は少ないですよね。

家に仏壇があるから、自分の家は仏教なんだ。そういう風に思っている人が多いのではないでしょうか。

それでも、いざ葬儀になると僧侶を呼んで読経をしてもらい、戒名をつけてもらう。

日本の葬儀は、例えばキリスト教の葬儀でも、アメリカなどに比べて宗教色が強いようです。

クリス
クリス
そうだね、アメリカの葬儀はもっと雰囲気が明るい。マナーもそんなにうるさくないよ。

仏教と仏式の葬儀の関係は?

仏式の葬儀のしきたりやマナーが細かく言われるのは、葬儀が宗教の決まりに則って行われる儀式だからです。そして日本の仏教は実に細かく宗派が分かれています。宗派ごとにお経や作法が異なってくるのです。

これを全て覚えておくのは至難の業です。宗派によって「マナーや作法に違いがある」ということだけ頭にあれば、いざというときには「聞いたり」「調べたり」すればよいのですから。

訃報を聞いて、宗派が分かったら予め予習をしておくことも一つの方法です。

こう考えると、面倒くささからも少し解放されませんか?

神様
神様
元来仏教の教えは「生きている人」に説いた教えで、仏教に葬儀の概念はないんじゃ 。仏式の葬儀は仏教の教えには関係なく、日本の習慣の一つなんじゃ
「葬式仏教」という言葉を聞いたことがありますか。

「葬式」のために「寺」があり、「僧侶がいる」状態になっていることを皮肉った言い方です。本来ならお釈迦様の教えを広めていくべき仏教が葬式を手掛けるようになった背景には鎌倉時代、他者の救いを重んじたいという僧侶が出現したことに起因しているそうです。

余談ながら、今までになかった新しい宗教的風習として「水子供養」が始まったのは1970年代と比較的最近の話です。

このように仏教と葬儀の関係は少しずつ変化し、現在の仏式葬儀が成り立っています。形が変わればそれにつれてマナーも変化していきます。

葬儀の移り変わりをみてみよう。

1980~1990年代にかけて葬儀の形が大きく変化していきました。

神様
神様
それまでの葬儀は地域の中で助け合って行うことが多かったんじゃ。困ったときはお互い様の精神じゃな。
クリス
クリス
じゃ、今のようにお金もかからなかったのかな?
神様
神様
そうじゃな、せいぜい飲食費とお寺さんにお布施を払うくらいだった。マナーやしきたりもその中で受け継がれていったんじゃ。

従来日本の家庭は大家族が多く、祖父母・両親・子供と三世代以上の家族がともに暮らしていました。家には仏壇があり、毎朝誰かがその前に座ってお経を唱えています。その姿を日常的にみてきた子供たちも、ごく自然に仏さまに触れてきました。

それがなぜ現代の核家族へと変わっていったのでしょう。

戦後の高度経済成長期、働き手として若者がどんどん都市部や工場地帯に流れていくことになるのです。「集団就職」とか「金の卵」という言葉もシニア世代の人には懐かしいでしょうね。

神様
神様
若者が住んでいた土地を離れ新しい地に定住することで家族の規模も小さくなっていったものじゃ。
クリス
クリス
じゃ、葬式のやり方もわかる人が段々少なくなるよね。

外に出て行った子供たちが、親の葬儀をする際にどうすればよいか「隣のおじさん」に聞くのではなく「葬儀社」に相談するようになります。

ここで段階を踏んでということになりますが、プロとして葬儀を執り行う葬儀社が台頭してくるわけです。

葬儀社は単なるサービス業にとどまらないという自覚のもと、悲しみの中にいる遺族に寄り添い、アドバイスをしながら別れの場を整えます。導き役でもあり相談役でもあるのです。

かつては棺と枕机に置かれた位牌程度の簡単な物だった葬儀の場が段々と豪華に演出されるるようになりました。

神様
神様
葬儀も社会的地位の誇示的な要素が大きくなってきたんじゃ。

形が変わればマナーも当然変化してきます。対外的なことに目を奪われ、葬儀の内容が薄くなったと言う人もいます。

葬儀社を利用することで、葬儀を執り行うのが便利になった部分もありますが、高額な経費がかかるというのも大きな問題になってきます。

以前はせいぜいお寺さんに払うお金と飲食費程度だったものが、100万・200万単位のお金が必要になってきます。「そんな大金を右から左に動かせるわけがない」。そんな人のためにはローンまで出現してきました。

核家族化が進み、自分たちの生活で精いっぱいという若い世代も増えてきて、次第に「葬儀に多くの費用はかけないでおこう」という考えが一般的になってくるのです。

しきたりやマナーにとらわれない新しい葬儀の出現

変化しつつある葬儀の形

少子高齢化時代、今まさにその真っただ中にあります。高齢者が多いということは葬儀の数も必然的に多くなりますよね。

しかし、葬儀社が「儲かる」という単純な流れにはなっていないようです。

そうです、葬儀規模の縮小です。これは「葬儀は小ぢんまりと」と願う人々が増えてきたことにあります。

ある地方自治体の調査で「あなたは自分の葬儀についてどう考えますか?」という質問に対して「あまりお金をかけずに親しい人だけで、小ぢんまりと」という回答が約8割という結果でした。その他の多くの調査で類似した結果が導き出されています。

家族構成の変化、死生観であったり、宗教観なども影響し、葬儀の在り方にも変化が出てきています。「親の葬儀は子の責任」という時代から「遺された人に迷惑をかけたくない」という風に考える人が増えてきました。

ひと昔前なら「非常識」とされていたことが、常識へと変化しつつあります。

1年くらい前におじいさんが亡くなった友人の話です。急なことで喪主を務めたお父さんは大変でした。葬儀の経験もなく目の前のことに一つ一つ対処していくことに精いっぱいだったようです。

普段あまり接点のない親族も集まり「こうするのよ」「それはだめ」と口出しだけはするものの協力はしない。最悪の状態です。それに対して一つ一つ丁寧に対応している父親の姿を見て「めんどうくさいなぁ」と彼女は思ったそうです。

後日談になりますが、父親が「葬儀はやることが多すぎる。まともにじいさんとお別れができなかった。それに、しきたりとカマナーとかそれぞれが勝手なことを言う。父さんの葬式はお前たちだけでひっそりと見送ってくれればいいから」と切り出したとか。

「そんなこと言わないで」と言った友人に対して「それが父さんの希望なんだ」と言葉を返したそうです。

その後、まだ定年前の父親と「葬儀やお墓」の話を時々するようになったと言っていました。

家族葬という新しい発想の葬儀

葬儀も時代のニーズに合わせて「家族葬」という新しい葬儀の形が誕生しました。さきがけは「家族葬のファミーユ」、2000年のことです。

お葬式は家族や親しい人だけで、ゆったりと故人を見送るということに専念できます。家族葬と言えども家族に限ったものではなく、比較的少人数で行う葬儀ということになるでしょう。

規模が大きくなると遺族、特に喪主は、様々なことに対応しなければならないので、終わってみると「葬儀を終わらせた」ということのみで、故人を送ることに集中できない結果になってしまいがちです。

この家族葬の特徴の一つとして、遺族の希望を取り入れ、オーダーメイドの葬儀も可能になるということでしょう。「香典・供物・供花・弔電」など、辞退するケースも増えてきています。

しきたり・マナー・宗教にとらわれない葬儀

葬儀のしきたりやマナーの大切さは十分にわかるけれど、そういうことに振り回されないでゆっくりと故人を見送ることに専念したい。そんな人も少しずつ増えてきています。

無宗教葬・自由葬と言われるものがそれにあたります。

アーバンフューネス(東京都)が手掛けた16000件の葬儀データーを見ると、2008年には12.2%だった無宗教葬の割合が、2018年には24.4%と10年間で約2倍に増えています。これは都市部ということもあるでしょうが確実に数字をのばしてきています。

故人の好きだった音楽や、花。よく出かけて楽しんでいたゴルフや釣り。そんな思い出深いものに囲まれて、親しい人と思い出話をしながら時を過ごす。僧侶も呼ばずお経の代わりに好きだった音楽を流す。

今や葬儀社自社のプランを紹介するだけでなく、遺族のニーズに対応するというサービスが求められるようになりました。

 

自分の葬儀を演出するという発想

自分の最後は自分らしくありたい、そう願う人も少なくありません。

「私の葬式は子供と孫だけで行ってね」

「できるだけ大勢の人で賑やかに楽しく送って欲しい」

「葬式はしなくていいよ。直接火葬をしてもらえばいいから」

「親父の墓は田舎のお寺にあるけど、自分は住み慣れたこの地の個人墓でいいよ」

これらの一つ一つがその願いです。

何年か前(2017年)に亡くなった俳優の神山繁さん、「葬儀無用、戒名不要」と言い残したことが、ちょっと話題になったのを覚えています。実際にお別れ会なども催されなかったようですね。

また、生前葬と銘打ってパーティーを催す人もいます。元気なうちに出会ってきた人、大切な人たちに感謝の気持ちを伝えお別れする。そういう発想もあります。

元気な内に葬儀社に出向いて、葬儀やお墓の相談をしている人も見受けられます。自分の葬儀のスタイルを選択し、お墓も手配。そして生前契約という形で申し込みをして代金を支払う。

亡くなった人の葬儀を考えるのは地域コミュニティから家族へ。そして個人へという流れも珍しくなくなってきているようですね。

終活の大切さ

人が亡くなるのは高齢者とは限りません。しかし、確率が高いのは高齢の人々です。

いつのころからか「終活」という言葉を見聞きする機会が多くなり、エンディングノートなるものまでが注目を集めています。

エンディングノートとは、「人生の最後=ライフエンディング」について記すノートです。ご自身にもしものことがあった時に備えて、ご家族や大切な人に伝えたいことを書き記しておくもので、書店で販売されているものや、無料配布されているものもあります。

引用:公益社

「ひっそりとした葬儀」を希望しても、実際には葬儀を執り行うのは遺された家族ということになります。「みっともない葬儀」とか「恥ずかしい葬儀」「恩知らず」とか、親類縁者に非難されることになるかもしれません。

そうならないために、機会を作って家族としっかりと向き合い、自分の想いを伝えておきましょう。

まとめ

日本の葬儀におけるマナーは正直面倒くさいと感じる人も多いのではないでしょうか。

しかし、その基本となるものは「遺族・故人を思い遣る心」です。葬儀の場におけるマナーはきちんと守るように心がけましょう。

時代の流れの中で、家族の形態も大家族から核家族へ。

葬儀の形も以前の「地域で支えあう」ものから「葬儀社に依頼する」ようになり、一時は大きいお葬式ほど立派と、こぞって派手な葬儀を行っていた時代もありました。

そして今、「葬儀にあまりお金をかけたくない」「小ぢんまりと葬儀がしたい」という考え方に少しずつ変わってきています。

葬儀の形も選択できる時代へ。しきたりやマナーにとらわれない、また宗教色のない葬儀も都市部を中心にすこしづつ広まってきているのが現状です。

葬儀スタイルが変化すると、必然的にマナーも変わってきます。

マナーとは相手を思い遣る気持ち。それぞれの葬儀に合わせたマナーを守りたいものです。